夕方のサイレン

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■作、演出          田村 和也

■舞台監督      鶴巻 昌洋

■舞台美術      霜鳥 克彦

■照明         丸山 悦男

■宣伝美術      吉田 義浩

■制作         大作 綾

■スピーカー製作  星野 和弘

■出演         中嶋 俊雄(54歳)  渡辺 晴雄
                               上田 浩子(29歳)  大作 綾
                               中嶋 典子(27歳)  高橋 美紀
                               村上 修平(35歳)  岡 英彦
                               佐伯 宏則(37歳)  皆川 茂信

 

■主催  劇団 共振劇場

■後援  燕市教育委員会

 

子供の頃、雨が降るとすぐに水たまりができた。土手道などは未舗装だったから、道幅いっぱいの大きな水たまりができるのだった。だから小さな子供にとってゴムの長靴は必需品であったし、武器でもあった。

雨があがるとすぐに外に出たくなる。テレビから流れる「みんなの歌」を背中で聞きながら外に飛び出し、土手まで上がると大きな水たまりがあった。幼い子供はしゃがみ込んでじーっと水たまりに映る雲や空や自分の顔を見つめる。見つめながら水たまりの深さを推し量る。今の自分の長靴でこの水たまりを無事渡りきることができるだろうか。どきどきである。子供は水たまりを避けて道の脇を通ったりしない。どきどきしながら堂々と真ん中を歩くのだ。どきどきはいつしかわくわくになり、さらにうはうはとなる。そのころにはもう長靴は長靴の役をなしていなかったりする。びしょぬれである。

思えば最初の冒険は大きくて深い水たまりの横断だった。そしてその遙か向こうに伝説のザリガニがいるという底なしの大池があるのだった。人に見つからないようにこっそりと池のほとりに立ち、糸を垂れる。糸の先には田圃でとったザリガニの肉を結わえてある。だが何度糸を垂れてもザリガニはつれなかった。そのまま立ち続けていたら、あるいはひょっとしていつの間にか開高健に進化していたかもしれない。だが私はやっぱり田村和也だった。池のことはすぐに忘れてしまった。そうして今日に至っている。

今、あのころの池を見るとゴミが無造作に捨てられ、秘境どころではない。日常が散乱している。ああ、変わったなあ、と思いつつ、一番変わったのは自分だなと気づいた。ある程度わかってはいたが、何の変哲もない小さな池が、あんなにも大きく見えていたのだから。僕にも50パーセントの視覚ともう50パーセントの想像力で世界を見ていた時期があったのだ。そして、想像力が痩せていくのは悲しいが、少なくともそのことを気づかせてくれる故郷というのはありがたいものである。

田村 和也
(チラシより)

 

学生時代、夏休みに東京から帰省するのに歩いて帰ろうとした事がある。歩いていけばいつかは辿り着けるという事をなんとなく証明したい衝動に駆られたのだが、はっきり言ってアホである。

結局歩いて帰る事はしなかったが、乗り込む汽車は鈍行だった。その頃一番速い汽車はL特急のトキだった。普通はトキだ。まあ、最大限譲歩するとして急行佐渡だ。でも鈍行なのだった。しかも夜行。もう一回言うがアホである。しかし四時間足らずで東京から新潟まで来てしまうのが勿体ない気がした。その頃東京−新潟間の空間は単なる移動の為の空間ではなかった。帰省するのにもそれなりの儀式が必要だったのだ。思えば生まれて初めて東京に行ったのもやっぱり夜行の鈍行だった。

いくつくらいだったろうか。小学校の三、四年くらいだったろうか、母親について夜行に乗り込んだ。子供だから最初のうちははしゃいで冷凍みかんなんか食べているのだが、そのうちに眠くなってくる。それもそのはずで、だいたい私は「八時以降は大人の時間」という風にしつけられていて、八時には床に就く生活を送っていたから夜行列車に乗って眠くならない方がどうかしている。ついでに言うと、八時を過ぎて起きていても良いのは土曜の夜だけだった。その時はそもそも汽車に乗ったのが八時を回っていたように記憶している。相当に遅い時間だった。

最初のうちは旅の興奮で目は覚めていても、やがて抗いがたい睡魔に襲われる。仕方のない事だ。大人はどうするんだろうと思っていると、ある時間になると一斉に床に新聞紙を敷き始めた。そして靴を脱ぐと座席やら床やらに横になって寝始めるのだった。私も母に促されて横になった。寝ろと言われてもなァ。床の固さと今まで見た事もない風景に逆に目が覚めてしまう。しかしそこはやはり子供である。すぐにうとうととしてしまった。熟睡は出来なかったが車輪の音を頭蓋骨の内側で聞きながら眠っていたようだ。

気が付くと車両の中は既に明るくなっていた。起き上がって窓の外を見る。恐らく朝の五時過ぎくらいだろうか、線路が何本も走っていて、両側は高いコンクリートの壁が続いていた。何かちょっと汚い感じのする、それが初めて見る東京、上野だった。それまで言葉と想像でしか知らなかった東京はそんな風にして私の前に現れた。

新潟と東京都の距離は私にとってはそういうものだった。よほどの事をして初めて越えられる壁のようなものであって欲しかった。だから、必死に演出しようとしていたのだろう。

本やら着替えやらいっぱい詰まったバッグのベルトを肩に食い込ませ、駅に向かう。駅に着くと壁の上に貼り出された大きな料金表を見る。その時になって初めて料金を見るのだから発車時刻などもさっぱりわかっていない。夜にある、くらいの認識で駅に来ているのだ。従って大いに時間は余る。一体全体どうやって時間を潰していたのだろうか。今となってはよく覚えていないが、多分その辺りをほっつき歩いていたのだろう。もう少し気の利いた時間の過ごし方をすればいいのだが、昔からほっつき歩いていた。

そのくせ結構心配性なので三十分も前からホームに出て汽車に乗り遅れないようじっと待つのだ。勿論それは座る席を確保する為でもある。そんなに乗客がいるのかと思うかも知れないが、結構いた。近郊の人達にとっては通勤列車なのだ。周りはいかにも会社帰りという人達に混じって大きな荷物を持った少年が一人。さっきキオスクで買った缶ビールをどうしようか、まさかこんな中じゃ飲めないな、などと考えたりしつつ、周りの通勤客に申し訳ないなと思ったりするのだった。何しろ荷物が大きかった。だから周りに迷惑をかけていないかと恐縮しながら座席に腰掛けていた。

列車の中も空いてくる。大宮辺りまでは立った客が目立つが、熊谷辺りまで来ると、互いに向かい合った座席がいっぱいになるくらいにまで人数は減ってしまう。そして、熊谷を過ぎる頃から座席にも空席が目立ち始め、通勤列車は汽車になるのだった。その頃になると気も楽になってくる。広く開いた網棚に荷物を乗せ、身体を伸ばす。周りには通勤ではなく旅行をする人達が残っている。そろそろだ。僕はビールを取り出し、ようやく飲み始める。ビールはすっかり温くなってるが、かまいやしない。たっぷりと旅情にひたり、満足なのだった。

高崎辺りまで来ると客の数もぐっと減ってくる。大きなキスリングのザックを背負い、ニッカーボッカーを履いた山のお兄さんなんかもいたりして、旅行と言うより旅という感じになってくる。うーんいいぞ。ポケットウイスキーを飲みたい気分なのだが、当時はまだそこまで不良じゃなかったので静かに窓の外を眺める。暗闇の中に微かに見える風景は街の明かりだったり、暗い畑だったりした。ほとんどモノクロの風景と車窓に映る自分の顔を交互に眺めて時間を過ごす。そのうち車内の明かりが少し暗くなり、見ると客は皆項垂れたり、横になったりして目を瞑って汽車の揺れに身体を委ねているのだった。

やがて三国峠を越える頃になると山のお兄さん達も聞いた事のないような駅で下車し、車両の中はほとんど人がいなくなる。薄暗い車内には二、三人が緑色の座席に体を預けてまどろんでいる。私も窓の外を見るのも億劫になってくる。目を閉じ、体をねじって浅い夢を見ようとする。やがて、車内は白色蛍光灯とは違う光で明るくなる。体の向きを変えて頭を少し上げると夜の向こうが紫色に光り始めている。そろそろだ。

目的の駅に着く頃には夜はすっかり明けている。汽車を降り駅舎から出るとまだ朝露が残っている。ロータリーにはタクシーが二、三台止まっているが運転手はシートを倒して仮眠を取っているようだ。私はバッグを担ぎ直し歩き出す。家には今日帰る事は伝えていない。さり気なく、いきなり登場するつもりなのだった。

今思うととても恥ずかしい勘違い野郎なのだが、その頃はそういう格好の付け方をしていた。アングラ芝居にかぶれて(今でも結構好きですが)日常を無理矢理高揚させてたと言うか、平凡な日常に劇的要素を無理矢理持ち込もうとしていたと言うか、そういう事をしていた。今は少しは成長したと言うべきか、逆の事を考えている。劇の中にいかに日常を持ち込んで芝居を成り立たせるか、そちらに重心が移動してきている。

今回のお芝居は特別な物語が展開するわけではない。特別な事件が起こるわけでもない。事件や物語はそれぞれの個人の内部でしか起こらない。丁度現実の世界で個人の物語がほんの少し世界に滲み出て、運が良ければ他者の物語の一滴と混じり合うように、劇の中でも物語が進行していくわけではなく、ほんのちょっと表情を変えるだけだ。我々の日常もそうやって、ほんの少し新しい表情を獲得しては積み重ねられていく。

田村 和也
(公演当日配布パンフレットより) 

 


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